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鶴岡で最初の舗装道路として完成
上肴町は江戸時代初期に行われた町割りで、町人の町として誕生しております。当時は全160数軒が有り内10数軒が魚屋だったことから上肴町と呼ばれたといわれております。なぜそんなに魚屋が多かったかと云えば、ここが温海街道から入る入口にあたっていたからなんです。 上肴町大通りは戦前は国道10号線とよばれ北海道まで通じる基幹道路として、又、鶴岡の城下に入る玄関口として重要な役割を果たして来ました。この上肴町大通りが、鶴岡で最初の舗装道路として昭和13年に完成されました。戦前までは商店街も鶴岡でも一番のにぎわいで大いに栄えていました。 戦後は交通の流れが変化し、当時のにぎわいも過去のものになったのは大変残念な事ですが、このたび近くに大学院研究センターが開設されましたので周辺の道路も整備され当町を通る機会も多くなると思います。伝統と歴史を感じさせる町並、そして商店は独自の商品製品をもった専門店と、又、夏には名物子供ばやしによる盆踊り大会夏まつりが、町内中央にある300余年前創建の稲荷神社境内で盛大に行われます。 |
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